中世までの西欧諸国では、真珠は“富の象徴”であり、一部の特権階級の贅沢でしかありませんでしたが、王政が崩壊し、国際社会の時代が近づくなかで、真珠は大衆にも手の届く存在になっていきます。
“富の象徴”として貴族が独占していた真珠の魅力を初めて“女性主体のファッション”の世界に広めたのは、偉大なデザイナー、“ココ・シャネル”でした。その影響力はいまだ健在で、現代のファッション界を貫いているといっても過言ではありません。
今日、女性ファッション誌やメディアでは毎日のように新しい“流行”が紹介されいます。また、そこで提案されているスタイルも多種多様であります。女性にとってのファッションは当たり前のように存在し、日常にあふれています。
ところで、今の時代に直接つながるような“女性のファッション”は、そもそもいつごろ生まれたのでしょうか。
結論から言えば、その主役である“女性”が社会に進出する20世紀初め頃までは、女性のファッション業界というものはなかったと言えます。それまでの時代は、男性が世界の中心であり、貴族のなかでも“男性が決めた装飾品を女性に身につけさせる”ことは当たり前に行われていたようです。今日、雑誌やメディアで紹介されるファッションは当たり前のように感じられますが、女性に自由なファッションを提案したり、流行を作り出したりするような企業が広く活躍するようになったのは、1910年代~1940年代頃からでした。
さて、このような女性の社会進出が進む時代が始まったとは言え、もともと貴族のきらびやかな世界だけに閉じ込められていた宝石や真珠は、一般大衆には手の届きにくい高価なものでした。
そんな中、1920年代に“ココ・シャネル”が「身に着ける女性を美しく見せる」ことに重きを置いて、「コスチュームジュエリー」(仏:Bijoux Fntaisie)を提案しました。
コスチュームジュエリーとは、一言でいえば、『素材の価値より創造性に優れたデザイン性を重視したアクセサリー』といえます。それまでのファインジュエリーは、価値の基準が素材にありました。
コスチュームジュエリーには次のような特徴があります
① イミテーション(模造品)をもちいたジュエリー(対義語は「ファインジュエリー」)
② ミュージカルや映画の衣装に着けられた由来をもつジュエリー
③ 伝統から抜け出し、非貴金属素材をデザインの制約なく加工しているジュエリー
シャネルは、宝石や金属の価値ではなく、ジュエリーのデザイン性にこそ価値を見出し、いかに服装にマッチしたジュエリーを身につけるかを大切にしました。これを機にジュエリーの存在意義は、財力や身分を主張する男性(とその女性)のステイタスから、自由にファッションを楽しむ“自立した女性のシンボル”へと変わっていったといえます。シャネルは、“流行”を生み出し、高額なジュエリーをこれ見よがしに身につける女性や、それをステイタスとして財力を顕示する男性を“時代遅れ”なものにしました。
コスチュームジュエリーは、本物の宝石ではなく、ガラスビーズや模造真珠を使った斬新なものであり、本物に比べ素材の値段を低く抑えられました。また、創造性に富むデザインをコンセプトに制作されたので、それまでの伝統的な形式にとらわれたくないと感じた当時の映画や舞台スターをはじめ、多くの女性たちを魅了することになりました。
話を真珠に戻します。
シャネルが提案したコスチュームジュエリーのなかで、真珠は特別な存在でした。シャネルは模造真珠と本物の真珠を両方同時にもちいています。本物の真珠もコスチュームジュエリーに取り入れられたのです。シャネルの提案した、真珠のロープネックレスとフォーマルな黒ドレスとの組み合わせはあまりにも有名ですが、シャネルは真珠のコスチュームジュエリーをカジュアルな素材との組み合わせにも推奨しています。現在のファッション業界のカリスマは、当時から真珠を特別扱いしていたのです。
今、書店で女性向けのファッション誌をめくるとき、真珠のジュエリーが登場しない雑誌がどれだけあるでしょうか。どの季節もどんなスタイルにも、それにあった真珠のジュエリーは存在しています(デザインは異なりますが)。
天然石や貴金属にはこのような使い勝手の良さはありません。それらは強い光沢を放つため、ファッションとして女性を輝かせるシーンや服装は限られています。たとえば、オフィスワークや葬儀のときは天然石のジュエリーを身につけないことが多いはずです。真珠は色と形のバリエーションが豊富で、それらはどれも真珠特有ともいえる柔らかな輝きを放ち、身につける女性の肌に自然と馴染みます。
真珠のもつ柔らかで温かな色と形の魅力を当時のシャネルは見抜き、フォーマルだけでなくカジュアルなファッションの中にも積極的に取り入れていったのでしょう。
シャネルは、真珠の魅力をすべての女性に楽しめるものにした立役者でした。
さて、現在でも強力な影響力を誇るシャネルのファッションに真珠は欠かせないものであり、真珠がフォーマルにもカジュアルにもマッチするという提案がなされているということは、
『真珠は流行や使用するシーンに左右されないジュエリーである』
ということが言えるでしょう。
それが、真珠ジュエリーのもつ大きな魅力なのです。
そしてシャネルや、シャネルの作りだしたスタイルを踏襲するファッション業界が存在し、それにあこがれる人々がいる限り、真珠はファッションとしてのその価値を失わないことでしょう。